ゴルフ業界のIT化が遅れていると叫ばれて久しい。とりわけ「装置産業」と言われる練習場は顕著だ。そんな中、商圏調査など長年ゴルフ業界のマクロ分析を研究するゴルフ需要調査研究所の山岸勝信代表と、練習場の関連機器や顧客分析を得意とする日本シー・エー・ディーの小俣光之社長が協業をスタート。
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ゴルフ業界のマクロ分析と練習場のミクロ分析が融合し、より確度の高いデータマーケーティングを練習場向けに提供していく。そこでデータ分析がもたらす練習場の未来と可能性を両者に徹底対談してもらった。
お二人の連載は読者からも反響がある。今回の対談を通してデータ活用の重要性を練習場経営者に知ってもらえればと思っています。
山岸 私はゴルフ業界全体が練習場のミクロデータと、それに基づくマクロデータを考える必要があると思います。というのも日本のゴルフは最初に練習場に行くという特有の文化があります。つまりゴルファー一人一人のミクロな状況を見られるのは練習場しかないわけです。
その辺りも含めて、まずはコラボに至った経緯を教えて下さい。
小俣 きっかけはゴルフ練習場連盟の70周年記念パーティーです。共通の知り合いから私のことを聞いて山岸さんが挨拶に来てくれました。
山岸 会って挨拶したら、小俣さんは名刺も出さずにいきなりスマホの端末で「こんなデータもあるんですよ」って見せてくれましてね。さらに翌日に私の事務所に押し掛けてきたんですよ(笑)。興味を抱いた理由は?
小俣 当社はこれまで練習場のデータを色々な切り口で分析し、経営に活かせるシステムとして練習場に提供してきました。練習場の要望を取り入れ、今では様々なデータを表示できます。山岸さんはそれの全国版ということで面白いなと思ったし、そういうマクロ分析を長年やっている珍しい人がいるんだなと。
山岸 実は小俣さんに会う前に、ごく少数の練習場から個人情報に関係ないICカードデータを断続的に提供いただき分析していました。そこから色々な知見が浮かび上がってきたんです。
具体的には?
山岸 初心者がまず練習場に現れます。つまりこれはコースに出る準備段階ですね。いざコースに出て散々な目にあった。でもゴルフは面白いと思ってそれ以後も続ける人がいる。その閾値は練習場に年間12回来ることだろうということがデータから分かったんです。
小俣 それは当社の分析システムで表示できる「来場継続率」というグラフからも分かりますが、一昨年に1回しかその練習場に来なかった人が翌年に来る割合は約2割です。一方、一昨年に10回以上来ると、8割は翌年も来てくれる。大体どの練習場でも同じ結果になるんです。
山岸 つまり年12回練習場に来る人はゴルフを辞めないわけです。それを「安定ゴルファー」、年12回より少ない回数の人を「不安定ゴルファー」と定義します。分析したところ、「安定」が3割、「不安定」が7割という結果でした。つまりいかに「不安定」を「安定」にするかが次の課題になってくるわけです。
小俣 それを山岸さんは「安定化率」と言っているんですが、一昨年不安定だった人が翌年どれだけ安定化したのかを分析することで、自分の練習場がしっかり常連を増やせているのかどうかが分かるんですね。山岸 安定化率は非常に大事なポイントです。これが高い練習場ほど良い練習場だし、言い換えれば施設がゴルファーをきちんとケアして育てているということになります。
単に全体で増えた減ったばかりを見ていては駄目なんですね。
小俣 ただ、有名な大型練習場は出張ついでに1回だけ来る人も多いので、安定化率を高くしにくいケースもあります。一方、地方からわざわざ来る人が少ない練習場にとっては集客戦略にも関わる指標です。
山岸 例えばスクールに改善点がないかとか、スクール卒業生のケアをしているかとか、練習場ごとの状況を分析しながら様々な切り口で最適な戦術をアドバイスできます。
気になるのは「安定化率」を上げる方法です。
小俣 一つの方法として、初回ICカードを作ってくれたお客さんの入金額を少し残るくらいに設定するというのがあると思います。それには、お客さんがいくら単位で入金しているかを把握する必要があって、当社のシステムでは「チャージ額分析」という画面でチャージ額ごとの割合を見ることができます。
山岸 例えば8月に来場者が減ったのは猛暑や気候変動を理由にする練習場がありますが、8月を含む直前12か月合計の増減で正確に取れればトレンド変化が分かるわけです。つまり、全顧客の全期間の来場履歴を全て掴めるのがICカードデータの特徴なんですね。それは手作業では到底やれませんが、日本シー・エー・ディーさんのシステムはそれが必ず分かる。そこに私のノウハウを加えることで完璧に自施設と全国動向との違いが分かるわけです。でも残念なことに今ある練習場の中で、データを活用しているのは20%もいかないと思うんですよ。データを毎月見てフロント、スクール、インストラクターなどの改善をしていくことこそが本当の練習場の経営なはずなんですが。
設備投資の判断材料にもなる? ICデータ分析の活用術
なぜそこまで少ないんでしょう?
山岸 お金をかけてそんな面倒くさいことをしたくないとよく言われます。でもデータは集客戦略だけでなく、ゴルフ需要総量が減った時にも事業を今後続けるか否かの判断材料にもなるし、続ける場合、データを元に回収可能な投資額を決めることもできるんです。例えばコロナピーク時の来場者が2030年に7割しか残らないとしたら、今コロナでリニューアルした場合10年間で投資回収できるのかなども予測できます。
それ以外の活用法はありますか?
山岸 入場者の減少について、「回数」と「人数」の両方からチェックできる点ですね。同じ減少でも、20回来るヘビーユーザーが5人減ったのか、1回しか来ないライトユーザーが100人減ったのかが分かる。原因がヘビーユーザーの減少であれば電話でヒアリングするなど手を打てる。あるいは来なくなった人のカード残高が空なら危険信号だとか、残高があるのに急に来なくなったら、それは生活環境の変化とか別の要因かもしれない。そういうこともICデータから読めるわけです。
原因を明確にすることで正しい対策ができるというわけですね。
山岸 はい。あるいはトップトレーサー・レンジ(TTR)を入れたことで急激に増えた新規登録者が翌年どうなったかなども分かるので、TTRの投資効果も検証できます。
小俣 それと私は「ゴルフ練習場行脚録」(https://ncad-golf.com)というブログで全国の練習場を紹介しているんですけど、例えば女性の来場者をもうちょっと増やしたいと相談された場合、トイレがすごく綺麗だとか、喫茶やセレクトショップがあるとか、女性の来場者割合が高い練習場の具体的な工夫点をブログの写真で見てもらいながら、実際のデータに繋がっているということを紹介しています。
とは言えメンテナンス費用がない練習場もあると思いますが。
小俣 それは言い逃れだと思っていて、先日訪問したひかりゴルフパークさんは10年ほど前に作ったトイレがすごく綺麗なんです。結局はお手入れなんですよね。そういうことに気を遣っている練習場って、やっぱり入った瞬間からスタッフの雰囲気が良いですし、お客さんの質も良い。何でもかんでもお金をかけてリニューアルじゃなくて、日々のメンテナンスの重要性にも気づかせてあげられます。
コラボがもたらす練習場の可能性
お二人の融合でパワーアップした点を詳しくお願いします。
小俣 例えばある練習場の同一商圏に「競合打席数」がいくつあるのかをデータで出せる点ですね。
競合打席数? 珍しい言葉です。
小俣 10㎞圏内の自店を含めた総打席数のデータです。そこに山岸さんのノウハウである商圏内のゴルフ人口を掛け合わせます。ゴルフ人口は総務省の「社会生活基本調査」という国勢調査から算出しているので確度が高いデータです。
どうやって商圏ごとのゴルフ人口を算出してるんですか?
山岸 町丁ごとの年齢別人口のデータがあり、そこから10歳以上を抽出、ゴルフの対象人口とします。そこに社会生活基本調査のゴルフ参加率を掛けると、町丁別のゴルフ人口が出てくるわけです。それを全国で算出しました。
小俣 さらに商圏内のゴルフの割合や活動率を掛け合わせることで、この地域は年間どのくらいのゴルファーが練習場に行っているかが予想できるんです。
山岸 例えば200打席あるAという練習場の商圏に競合打席数が1500打席ある場合、1500分の200は取れないとライバル施設に負けていることになります。
小俣 同一商圏の全ての練習場に年間何回の入場があったかということも分かります。それを競合打席数で割ると1打席あたりの入場数が分かる。そこに自店の打席数を掛けると、その年に何人の入場可能性があったのかが分かるわけです。これが「期待可能入場者数」で、それよりも多いか少ないかも分析できます。
山岸 もし同一商圏の競合練習場が閉場した場合、その分が周囲の練習場にどれだけ分散するかも計算できます。その通りになるかならないかによって、各練習場の運営状況の通信簿になるわけです。
小俣 つまり自分の練習場がこのエリアでイケてるのかいないのかということ、この先どうなるかということが分かるんですね。
山岸 各練習場が毎月自分の状態をちゃんと捉えて、今後の変化に備えてもらう。マクロデータから分かった個別商圏の中で、自分の練習場の異常値をすぐ発見し、対策を立てることが必要になります。
若年層を増やすにはどうですかね? 商圏10㎞に若いゴルファーがいない地方もあるわけで。
山岸 10㎞圏内にゴルファーが足りなければ15㎞、20㎞と範囲を広げて分析ができます。それで20㎞だったら高速で一番近いのはこっち方向だと判断できる。そうすると、新規登録募集のPR費用はどんどん絞られてきますよね。
なるほど。やみくもにチラシやSNS広告を出す必要もない。
小俣 新潟県村上市のあらかわゴルフ場さんは周りが田んぼしかなくて若者は少ない。でも新潟の上の方なので山形が近い。山形にはゴルファーがいるけど練習場があまりないということが山岸さんのデータから分かる。加えて新潟市内から多少車に乗ってでもここに来る期待可能入場者数も把握できるなど、事前に具体的なイメージを伝えられたことも気に入ってもらえてICカード化と打席のリニューアルも決まりました。
まさに成功事例ですね。
小俣 それと商談に行った時に話す内容も変わりましたね。以前は当社製品の機能や性能の話がメインでしたが、今は現状の悩みをヒアリングし、立地条件を加味した上で解決策や他の練習場の成功事例の紹介など、データ側からの提案ができます。多分システム導入を検討中の練習場さんにも、この業者なら練習場のことをちゃんと考えてくれるというイメージを持ってもらえているんじゃないかと思います。
確かに具体的な活用法がイメージできるので腹落ちしますね。
小俣 よくメーカーは機械売っておしまいだと言われます。でも私としては機械を入れ替えてもらった練習場が繁盛してくれるのが本当の成功だと思うんです。機械が故障せずに動くのは当たり前で、その先に何を提供できるかがシステム屋としては一番大事だと思うんですよね。
練習場同士・業者同士も連携へ
小俣 当社の分析システムには「練習場参照」という機能があって、金額関係を除いた打球数とか来場者数といったデータだけを抜粋してお互いに見られるようにしましょうという提案をしたいんです。もちろんこの機能の実用化には各練習場の許可を取る必要があるけど、練習場の未来のためにお互いに情報をある程度は共有し合いましょうよと。それをきっかけに練習場同士が順番に視察に行くとか、勉強会をするとかして交流できればいいなと思います。
山岸 難しい問題ですが、まずは商圏の被らないマインドの高い練習場同士から広がっていくのがいいんじゃないですかね。
小俣 最近は同一商圏の練習場が合同でコンペをするなどの動きもあります。一昔前は近隣の練習場から奪い合うという時代でしたが、これからはゴルファーがそもそも減っちゃうわけですから、お互いに工夫し、連携してゴルファーを増やす作戦を取らないとダメだと思います。
メーカー同士にも当てはまる?
小俣 はい。練習場からすると全部を取り替えるリニューアルってお金かかるので、使えるところは使っていきたいと思うんですよね。だから元々の業者と新しい業者が手を組めば練習場もそれほど投資しなくてよくなる。当社はそれを呼び掛けていて、実際に他社と協業での提案を進め、実績も出ています。
データを活用した練習場の未来像
最後にまとめをお願いします。
山岸 これまではエクセルでプログラムを組んでいましたが、日本シー・エー・ディーさんと組んだことで、私が出した要望を優秀なシステムエンジニアがすぐにプログラムしてくれます。おかげで私はシミュレーションに注力できるので、マクロ分析が一段階進歩しそうです。
マクロ分析が加わったことでゴルフ市場全体の傾向も加味した練習場の分析ができそうですね。
山岸 まだまだ練習場の反応は薄いですが、中には真剣にデータ分析の重要性を考えている経営者もおられるので、時間が経つほどニーズは出てくると思いますね。いずれにしても練習場が生き残るためにはICデータの活用は最重要命題だと思います。それが正確なデータであればあるほど救える練習場が増えるはずなので、突き詰めていきたいですね。
小俣 練習場は今までのように開けとけばお客さんが来る時代ではありません。自店の現状把握と、山岸さんのように国全体からの視点で人口の減少具合や地域差なども理解した上で練習場経営を検討する必要があるので、そのためにはやはりデータ分析が不可欠じゃないかなと思います。