横浜市保土ヶ谷。木々に囲まれた道を車で抜けると、「ハンズゴルフクラブ」という練習場が突如現れる。高級感のあるクラブハウスの奥には200ヤードを超える3階建て全138打席のレンジが森に向かって広がる。全打席にトラックマンレンジを導入。レストランや工房を併設し、駐車場とクラブハウスを送迎用のカートが行きかう空間はもはや練習場の域を超えている。
そんなハンズゴルフクラブは3月、練習場で初めて『顔認証チェックイン』を導入する。システムを手がけたのは日本シー・エー・ディーという会社。同社は練習場機器の開発と販売を行っており、独自の『チェイン式横コンベア』などの機械関連はもちろん、ソフトウェアも完全自社開発しており、導入練習場は全国100か所以上に及ぶ。
元々IT製品やソフトウェア開発を得意とするプログラマー集団で、今回の『顔認証チェックイン』はそのノウハウを活かした製品だと言える。 そこで同社の小俣光之社長とハンズゴルフクラブの鞍橋義則総支配人の二人に、『顔認証チェックイン』がもたらす未来とその可能性について対談してもらった。
【動画】練習場を機器で支える日本シー・エー・ディー
ゴルフフェアの日本シー・エー・ディーのブースを訪問。動画で観てもらいたい。
鞍橋 小俣社長のSNSを見ていると全国の練習場に行かれていますね。見ていると楽しくなりますよ。
小俣 いつも「いいね」を下さりありがとうございます。ただ仕事のメールをもっと早く返信してほしいですけどね(笑)。
鞍橋 いやいや申し訳ない(笑)。
お二人はいつからのお付き合いなのでしょうか?
小俣 鞍橋さんがここの総支配人になられてからですので、
鞍橋 3年半くらいになりますね。
小俣 そうですね。ハンズゴルフクラブさんは開場した時から当社の機器を導入して下さっているので、もう25年のお付き合いですが、歴代の支配人の中でも鞍橋さんは特に面白い方ですよ。
鞍橋 面白いですか(笑)。
小俣 はい。私も全国の練習場の社長や支配人とお付き合いがありますが、中でも鞍橋さんのゴルフ愛はトップクラスです。
鞍橋 嬉しいお言葉です。好きな所で好きなことをやっているので、こんな楽しいことはないですよ。
小俣 私の中でゴルフ愛は2パターンあるんです。1つは純粋な競技志向タイプ、もう1つは楽しむことを第一に考えているタイプ。支配人がどちらの考えを持っているかで練習場のカラーは変わります。鞍橋さんは後者だと思うんです。
前者は上級者以外は来にくい排他的な感じになりかねません。
小俣 そうですね。ゴルファーの7~8割が100が切れないことを考えると、練習場も楽しめる場所の方がいいと思うんですよ。
鞍橋 当クラブのコンセプトは2つあるんです。1つは「Yes,welovegolf.」で、もう1つは「最も上達する練習場」です。大げさに言うと人の一生は一度きりしかないし、ゴルフ人生も一回きりしかない。その中で当クラブに来ていただいた時に、皆が一番ゴルフに熱中できて楽しい時間を過ごしてほしい。
先日も初めて来た女性のお客様が、レンジに出た瞬間に「わぁ綺麗!」って言ってくれて涙が出そうになりましたよ。普段あまり言わない言葉が心の底から自然に出るって気持ち良いじゃないですか。
森に囲まれた道を抜けるとこの練習場が隠れ家的に登場する。それも神秘的な空間を演出しています。
鞍橋 それを聞いたら社長の韓が喜びますよ。実はここが開場した当時は環状2号や藤塚インターはなかったんですが、韓社長はあえて不便なこの場所にハンズゴルフクラブを作った。まだナビも今ほど普及していなかったので、お客様もどうやってここに行けばいいんだろう?から始まるんです。
それでようやく来てみると看板もほとんど出ていない。でも中に入ると全く違う空間が広がっている。そんな驚きをお客様に味わってほしかったようです。
ちょっとした冒険のようなワクワク感がありますね。
鞍橋 そうですね。ですから小俣社長がおっしゃるように、お客様皆が楽しんでくれて、ご期待の一歩先をリードできるような練習場でいたいと思っているんです。今回導入する『顔認証チェックイン』もまさしくその一環です。
その『顔認証チェックイン』ですが練習場での導入は初めてのようですね。
小俣 はい。ハンズゴルフクラブさんの方からご相談いただいたのが始まりです。
鞍橋 当クラブがセルフチェックインを導入したのはいつでしたかね?
小俣 まだ5年前くらいじゃなかったでしょうか?
鞍橋 そうですよね。実はそれまで当クラブはチェックインの度にお客様に名前を書いていただき、打席札を渡すというアナログなことをずっとやってきたんです。目的はお客様と名前を呼び合える間柄になってクラブ意識を維持したいという想いがあったからです。スタッフ1人につきお客様の名前を100人覚えるという活動も行っていたんですよ。
ここは年会費無料のビジターメンバー以外に、メンバー制(会費:初回1万1000円~、2年目以降2200円~)がありますね。
鞍橋 はい。ところが2019年10月にトラックマンレンジを導入して以降、メンバーが約1000人から4500人以上まで増え、来場者も1.5倍になって名前を書いていただくことが難しくなった。ちょうどそんな時、小俣社長からリライトカードを使っている練習場はだいぶ減ってきましたよと言われたんです。
小俣 当社の取引先でもリライトカードは4~5場程度しかありませんので、ICカードへの移行を提案しました。ただ、ICカードは既に多くの練習場が導入している。日本で初めてのことをやりたいという相談が鞍橋さんからありましてね。
鞍橋 どうせ変えるなら最新技術を使って前例のないことをやりたかったんです。そんな時、韓社長が「顔認証なんてどうだろう」とポツリと言いましてね。それを聞いた時、顔認証だったらお客様にもステータスを感じていただけるし、チェックインと同時にスタッフがお客様の顔や情報を把握でき、名前でお声がけができる。クラブ意識を大切にする当社の企業理念とマッチすると思ったんです。それで小俣社長にご相談したところすぐに動いてくれまして。
とは言え一からの開発だったかと思いますが実際にどのくらいの期間でここまで来たのですか?
小俣 昨年の夏前くらいに鞍橋さんから相談があったので半年ちょっとになりますか。大手IT企業と取引がありますので、顔認証システムは特徴や形状も含めて4社ほどご提案しましたね。その中から一緒に相談しながら決めていって、一番用途に合うシステムを選択して、チェックインのシステムに連携させるという開発です。
数か月で実用化するとはすごい開発速度ですね。
鞍橋 はい。非常にスピーディーに対応してくれました。
小俣 そこはIT企業ですからね。
『顔認証チェックイン』がもたらす可能性
実際に『顔認証チェックイン』の導入によってどんな可能性があるのでしょうか?
小俣 まずはセキュリティですよね。リライトカードやICカードは万が一紛失してしまったらお金を落としてしまったのと変わらない。
鞍橋 中には最高で数十万円チャージいただく方もいますからね。お客様の情報は日本シー・エー・ディーさんがしっかりシステムで管理してくれているので安心ですが、紛失期間に使われた分までは追えない。
小俣 それとメンバー同士のカードの貸し借りも防げます。先程話が出たようにハンズゴルフクラブさんはメンバー制度があり、球単価も含め特典が多い。その点、顔認証だったら顔を取り替えない限り問題ありませんから(笑)。あとはリライトカードやICカードを家に忘れてきてしまい練習できないということも防げます。
鞍橋 これからはカードレスが当たり前になるでしょうからね。
小俣 もちろん顔認証と同時に体温も測っていますので、熱がある場合はチェックインを制限したり、マスクをしていないとエラーが出るようにするなど、コロナ対策にもなります。
鞍橋 それとコロナ禍でゴルファーが増えたことでリライトカードの発注数も増え、金額で言うと昨年1年で230万円くらいまでいったんですね。それがなくなる分、お客様に還元できるものを小俣社長と一緒に考えていけると思っています。
小俣 現場を知る練習場さん側から出たアイデアはヒットすることが多いんですよ。だから私も面白いなと思いました。
鞍橋 当クラブは3階建てで景色も綺麗なので、お客様ごとに好みの打席が分かれます。ただ高齢の方が多く、重いバッグを背負って階段を上り下りするのは大変です。
そこで顔認証でチェックインした時に、我々が予め登録しておいたお客様の好みの打席を瞬時に把握できれば、バッグを持って打席までご案内もできる。するとお客様は「顔認証しただけでここまでしてもらえるんだ」と感動して下さるわけです。
スタッフの手間が減った分、ホスピタリティに充てる時間を増やせるという発想ですね。
鞍橋 まさしくその通りです。施設内のほとんどにAIカメラを設置していますのでそれと連動することもできると思います。
小俣 駐車場のカメラは車のナンバー認証にしてしまって、クラブハウスの入り口には顔認証カメラを設置すればお客さんが来た瞬間にスタッフが声がけをできますし、打席でもタブレットを持ったスタッフが名前を呼んでしっかりと出迎えられる。そんな発展した使い方もできますよねという話をしていたんです。
鞍橋 小俣社長は全国の練習場を回って現場を見ているから、お客様目線で色々なご提案を下さるので助かります。
小俣 当社は言うなれば練習場からお金をもらっている業者。本来は「こうやれ」と言われたら「はい」と聞く立場なんです。でも私はポリシーとしてあえて自分でお金を払って練習をするようにしています。そうすればお客さんの気持ちが分かるし、その目線で練習場に提案することができる。
鞍橋 素晴らしいですね。
小俣 ただこれまでの支配人はこちらから色々と提案してもなかなか動いてくれなかった。御社の韓社長は優しいけど芯を持った厳しい方でもあるので、気持ちは分かりますがね(笑)。でも鞍橋さんの場合はしっかり向き合ってくれて社長まで話をしてくれる。余程この仕事が好きなんだろうなと伝わってきますよ。
鞍橋 小俣社長の情熱に負けないように頑張っているだけです。
ところで来場客の顔登録をする作業はこれからですか?
鞍橋 はい。リライトカードの所有者は全部で10万人、その内アクティブユーザーは3万人いますので、少しずつ期間を区切って実施していかないといけません。
小俣 登録はタブレットなどで顔を撮影するだけなので一瞬です。あとはリライトカードのデータを紐づけるだけですから。
鞍橋 ただ当クラブとしてはこの作業を機械的に行いたくはなくて、特別ブースを作ってお客様一人ひとりにしっかり向き合って行いたいと思っています。顔登録をきっかけにお客様のゴルフ以外の趣味趣向も把握できれば、より有益な情報をご提供できると考えているんです。
というと?
鞍橋 当社はグループでパチンコ店、ワインバー、河口湖にグランピング施設、当クラブの敷地内に整骨院や日帰りグランピング施設も持っています。それらを組み合わせたゴルフ以外の楽しみをご提案できると思うんです。
単なる顔認証だけではなくホスピタリティの向上から付加価値の提案まで可能性が放射的に広がっていきそうですね。
鞍橋 はい。ですから顔登録も流れ作業でやるわけではなく、特別ブースでコーヒーを出しながらしっかり対応する。顔写真を撮影されているところを見られるのは誰しも嫌でしょうから。
小俣 なるほど。それを聞いて安心しました。特別感を持って登録してくれるならお客さんもやらされている感がなくなりますね。
導入台数は何台ですか?
鞍橋 現状のチェックイン機を全て変えるので3台ですね。様子を見ながらインドアのハンズゴルフ都築や当社の他の施設にも導入していきたいと考えています。おそらく導入後は他の練習場さんも視察に来てくれるでしょうから一気に広がっていくでしょうね。
小俣 以前全国の練習場さんを集めて勉強会を主催して好評だったんです。練習場同士で情報交換や繋がりも作れるし、練習場業界全体の底上げになると思っています。コロナが落ち着いたら『顔認証チェックイン』のことなども含めてまたやりたいですね。
最後に総括をお願いします。
鞍橋 色々話しましたが、一番の目的は『顔認証チェックイン』を入れることで他のちょっとしたサービスを提供でき、お客様から「ありがとう」と言っていただくことです。小俣社長は情熱を持って同じ方向を見てくれますので今後も一緒にやっていきたいですね。
小俣 私自身、毎日同じことの繰り返しは嫌ですからね。ハンズゴルフクラブさんも常にチャレンジャーなのでこれからも楽しみですね。
鞍橋 『顔認証チェックイン』期待しています。