匠の業と技が揃い組
千差万別‥‥。
己の技量に合わせて選りすぐる武器。
打数を競う勝負がゆえに真摯に対峙する。
しかし、その種は多岐にわたり、
勝負で報酬を得ない愛好家には、
選り分ける見定めは困難を極める。
それがウエッジ。匠の業と技が揃う時、
神髄がそこにある。
神髄一 老舗鍛造屋の我が道作り場を持つ理
国産発祥の地、兵庫県神崎郡市川町。
最古参の共栄ゴルフ工業。そこで六十有余年、鉄を鍛え道具を創る。その多くが自らの名を冠したものではない。他の銘を刻んだ道具を長きにわたり造ってきた。
しかし、時は流れ、他が創る場所を求めて海を渡るなか、地場で生きるために自らの銘を背負う道具も必然。それが老舗鍛造屋から派生した「TAKUMI JAPAN」。職人の業を集い、匠の世界を表す営みの銘柄である。
共栄の営みの多くは他の銘であり、アイアンが多くを占めてきた歴史がある。ただ、そのアイアンというものは、
「飛距離へのこだわり、異素材の組合せ、構造の複雑化など、鍛造は鋳造に比べ、圧倒的に不自由。一度造ると使い手の望みを叶えることに限りがある」
飛びを求めれば内部には手数がかかり、素材も組合せを求められる。打った感触も然り。球を操る働きにもあの手この手が必然となる。不運にも、その境地に鍛造では辿り着くことが困難になる。それが自らの銘柄でなく、他人のものであれば、縛りはさらにきつくなり、鉄を鍛える方法では他人の望みを叶えることも厳しい。
「他方で、ウエッジは鉄を鍛える手法なら、いまだ未達の境地があり、創意工夫を織り込むことがありうる」
使い手の選りすぐる見定めも、使い手に合わせた直しも整いも、ウエッジなら業と技で如何様にでも幅が広がる。
「ゆえに巳年はウエッジに力を入れる」
もうひとつ事情がある。
「この世界は楽しむ人数が減り、これのみに費やすことができない事情もある。アイアンは組合せで数多く必要で毎度の買い替えが難しく、ウエッジならひとつから新調できる」
まだある。飛距離を求めるアイアンが、ゆえに顔が立ち、前倒しになる。後ろを任されるウエッジは多様な仕事を担い、それゆえに要される種も多岐にわたる。その千差万別に対応できる素地がある。
共栄ゴルフ工業は日ごろ、小粒ながら異彩を放つ銘柄の武器を創る。加えて、
「半完品と呼ばれる種も給している。売り手は使い手の技量によって創意工夫を盛り込むことが易く、使い手の想いを創ることが成り立つ」
底の形も然り。顔も然り。それは六十有余年にわたり自ら鉄を鍛え、形創る場を持つことで可能にしてきた。
「鉄を削ることに自らの人生の多くを費やしている匠の業が、それらを成しえてくれる。それゆえにアイアンに比べ、ウエッジには限りがない」
勢ぞろいするのは、楽しむことが主の愛好家へ向けた選り易い型、競うことを生業とした玄人に向けた型、そして匠の削り器を売り手が操り使い手の望みを叶える型。顔も異なれば、底も違う。色も異なれば、仕上げも違う。そして使い勝手も異なれば、使い手も違う。無限の種を成しえるのは、帰するところ、鉄を鍛え、形創る場を持つから。
巳年の新たな挑みは、使い手の技量の底上げに通じ、結果を善きものとする。その一番手に構えるのは楽しむことが主の愛好家へ向けた選り易い型。
神髄二 迷える使い手に『K-SQUARE』
多くのものたちが選んできた舶来品の銘。最高峰の競い合う場で、数々の歴史を創ってきた。その銘で長きにわたり球打ちに興じてきた多くの使い手たち。慣れ親しんだ顔は「涙の雫」と称される。その顔をもとに、飛びにこだわったアイアンに揃えられるのが『TAKUMI JAPAN K-SQUARE』。玄人に近い使い手から愛好家までに向けられた。
顔の先端上部は高く、首根っこは低い。そこまでの線は丸く、まるで手で包み込むかのような姿かたち。飛ばしに固執するアイアンにあわせ、その後ろを任す傾斜は四十六度から二度毎に六十度までを用意。幅広く使い手にそぐうよう、球を止めるための顔表面の削り。そして球が噛む線は彫刻を施した。
他方、『TAKUMI JAPAN K-SQUARE』は打ち損じを排するために、底の前側を三日月形に削り、芝に突っ込まない工夫。玄人に近い者たちと楽しみが主の愛好家が欲する異なる要素を盛り込んだ。
「使い手の技術、知識により、選りすぐる判断は難しい。矛盾を伴うが、世の中には種が多く、論も多様。それゆえに、使い手に多くを求める」
その煩わしさを排し、玄人、愛好家、学び始めの者を問わず、興じることに重きを置き、実地に専念させる。それは姿かたちを数値で論ずることが多い世で、敢えて数値に説かせるのではなく、構えた刹那に煩悩を排除して打つことに没入させる。
「顔は横に少し短く、縦に大きい。不安なく臨める『TAKUMI JAPAN K-SQUARE』は、普段の使い手たちの声を形創ったもの」
使い手たちの技能も千差万別。求めるものも多岐にわたる。思い煩うことも十人十色。その使い手たちに顔の傾きだけを考え、選ばせる。
そして十分に味わうための打感への拘りも整えた。
「鍛造後の冷却時間を通常の三倍かけ、より軟らかい感触をもたらす」
加えて、
「楽しむことが主。ゆえに、色も三種揃えたことで、楽しみが増える」
ニッケルクロムミラー・サテン、黒鍍金、イオン青。それぞれに使い手の好みで直感的に手にできる。
紛うことなき『TAKUMI JAPAN K-SQUARE』は、余計な論を排し、使い手の安心、味わいを得ながら、球遊びに興じることを給している。
神髄三 匠が集い玄人へ漆黒の耀き
玄人へ向けた武器がある。その名も『TAKUMI JAPAN HIMEJI』。地名を冠した。その昔、同地には多くの同じ商いがあり、造り場として繁栄した歴史がある。ゆえに異国の地において「HIMEJI」は鍛造の造り場として、その名を轟かせている。海を渡り、外地の使い手にも届けたい。ともに、「HIMEJI」を冠するゆえに、多くの匠が集い、事を成した。
「鍛造、削り、鍍金、そして競い合う場からの声の数々」―。
それぞれの匠が関わった。始まりは玄人の望み。世間をにぎわせる若き女子の職業人たち。専心できる顔、姿形、多彩な操り、飛び姿、止まる格好、手ごたえ。
「より専念できるよう顔を小さく。底の研磨に削りの業を施した」
玄人は開き、時に閉じる。踵側の形が要。落とし過ぎれば、振りながら重さを感じることが困難。その塩梅が肝心。底と背面の角の形を創意工夫して、それを成し遂げた。削りの匠が、競う場を仕事先とする者たちからの声を形にした。
加えて、自在に操り、球を止めるために、顔全面にわたり球が食い込む溝も彫刻した。
そして漆黒の耀き。言い換えれば「HIMEJI BLACK」。黒色クロム鍍金と呼ばれ、この世界では初物。黒はメッキに弱いとされていたが、鍍金の匠が創造した。
「鉄を熱し鍛えれば赤くなる。そして冷えれば黒くなる。漆黒の如く。鋼といえば黒」―。
そして、この黒色クロム鍍金は、単なる黒色鍍金と異なり、剥げにくい。とはいえ、硬くない。硬くないというより軟らかい。職業人に求められる感触。これこそが姫路の鍛造と言われる由縁。『HIMEJI』は、国内最古参の共栄ゴルフ工業から派生した「TAKUMI JAPAN」から生まれた銘でもある。
この武器は、共栄ゴルフ工業で四半世紀にわたり、研磨し形を創ってきた名匠・岡村勲が監修、そして削った。岡村は顔について、
「妖艶であるというのが共栄の顔。それを使い手が気に入って愛用する。それが『HIMEJI』の精神の中にある」
競い合うことを生業とする者たちの声を拾い、それぞれの匠の業が技を後ろ盾する。使い手の手となり足となる武器が、またひとつ生まれた。
神髄四望み叶える唯一無二業と技の出逢い
これで仕舞ではない。使い手の望みを叶える唯一無二の武器を創る算段を整えた。それが『TAKUMI JAPAN LIMITED FORGED』。売場で削りを加え、使い手の望みを叶える。
大阪で工房ゴルフギャレーヂを営む中井悦夫。開業三十四年目の老舗。単なる老練者ではなく、一家言もつ理論家。過去、「シャフト軸直線性検査器」など、売場ならではの求めに応じて多くの計測器を創り売ってきた。古希を迎えた。
「最後の機械」
と決意、創ったのは売場でひと手間を施すための研磨の機械。その御仁が機械を売るだけにとどまらず、その研磨機を使って使い手に唯一無二の武器を供する仕組みを目論んだ。
「削る余白のある半完品が欲しい」
それに答えたのが共栄ゴルフ工業の坂本敬祐。生まれたのが『TAKUMI JAPAN LIMITED FORGED』。
削る余白の量によって、通常の粗研磨終了時より五g重い「全体粗研磨終了ヘッド」、ソールとブレード部分は粗研磨せず素地を残した「ソール・ブレード残しヘッド」、粗研磨より細かい研磨紙で研磨した「磨き研磨全体終了ヘッド」。研磨機を導入した売場のみ、売ることができる。
「売場で自在に削るウエッジ。惹かれた」
坂本は、そう笑みをこぼす。
用意されたのは、研磨状態が三種、顔の傾斜はそれぞれ七つ。合わせて六十三。商いの場で使い手とあれやこれや言いながら、その場で削る。そして、鍍金も三種。十人十色の削りを加味すれば、無限となり、また一歩使い手の望みが叶う。それはまさしく、創り手の業と売り手の業の出逢い。それぞれの者たちが創り、施し、的を絞る。
「その一打に臨むとき、ウエッジを操れば、落としどころを見る。使い手の身体の一部となれば幸い」
長きにわたり興じれば、飛ばしの極意より寄せの極意。そこから達する結末は、職人の技のような使い手の技。そして使い手の身体の一部となりうる武器を創る匠の業。坂本敬祐は、
「業と技が出逢う売り物、そして長きにわたり使ってもらう。そこに喜びがあふれている」
技の程度の差はあれど、玄人か愛好家か興じる場の違いはあれど、望みはひとつ。それを叶える神髄がここにある。
〈敬称略〉